2009/09/09(Wed)

同窓会の狙い−半田高校生に告ぐ−

2009年3月。

東京の友人の家で、山の様に積まれたデコポンを食べながら、だべっておりました。

Fなと:「みんな就活なんやね〜、すりっ(デコポンをむく音)」
Iのう:「同窓会とか、したいね〜、すりっ(デコポンをむく音)」

あれがきっかけで半年…




院試、社会人、教採とそれぞれが忙しい中で
5人で何とか準備してきました。
参加者数は200名前後になる見通しです。

ここ最近の準備で、
卒業アルバムを眺める機会が増えました。
寄せ書きを読み返しました。

「胃を検査しろ」
「顔を整形しろ」
「ガン治せ」
「タダで診て」

もう少し待ってて〜

恩師の方々とも何度か連絡を交わしました。
ちょうど柊祭の時期だったので、忙しそうでした。

「長崎でも元気か?」
「国際医療の夢は変わっていないか?」

元気です〜まだ変わってないっす〜

ところで、
この同窓会を企画するにあたって、僕にはあるねらいがあった。
きっとみんなも色んな気持ちで参加してくれると思うけど。

前付き合ってた子に会いたいとか、
先生に成長した姿を見せたいとか、
互いの進路を報告したり、
無事を喜んだり、活躍を誓いあったり。

まぁ、その辺りは同窓会の醍醐味でしょう。
でも僕は、この同窓会で、

「故郷を想う気持ち」を皆に持ってほしい。
僕ももっと持ちたい。

大学で県外に出た人は格段良く分かると思けれど、
実家、地元で暮らす友達、コミュニティ、自然、建物が、
如何に大切で安心できる存在であるか。

自分が他人に名乗る時のアイデンティティは、

小学時代は「梅の木」
中学時代は「布土」
高校時代は「美浜」
大学は「半田、名古屋、愛知」

と、どんどん広がっていった。
背負うものが大きくなっていく度、新しい環境に刺激をうけつつも、
幼い僕を育ててくれた小さな小さなコミュニティがどれだけ愛おしいか、
改めて気付かされた。

同窓会は、ただ出身高校と卒業年度の同じ人間が集まった共同体ではない。

社会人予備軍として、全国に散らばる直前のこの時期だからこそ、もう一度集まって、

「自分の故郷」についてもう一度見つめ直してほしい。
それは公立高校を出た者の権利であり、責任だと、僕は思う。

「半田高校生には知多を背負う役目がある」と学年集会の度に言っていたのは、菅野先生や、三井先生だったろう。

今は個人主義、自由の時代なんだから、僕の将来は自由でいいじゃない。ってGoing my wayでもイイのだけれども、

「故郷に錦を」なんて古臭い心が人々の根底に流れていなくては、地方は育たない。

偉人ってのは、有名な会社に入って将来賞をもらうような人物を指すのではなく、
地元で生まれ、地元で育ち、地元で生涯働き続け、地元で死ぬ者を指す。

だからドラゴンズの和田は偉人なんだ。

同窓会で、少しでも多くの人が知多を想ってくれたら…。

そして人生の一部でもいいから、皆の持てるものを知多に捧げていけたら…。

そうすれば、知多の子供たちの、将来は明るい。

ふつうの高校、半田高校に愛を。
何もない知多半島に愛を。
何もない美浜町に愛を。
何もない布土に愛を。



Home | Category : 思索 |  コメントアイコン Comment0  |  Trackback0

トラックバック ▼


コメント ▼

    

画像の文字を半角数字で下記ボックスに記入ください。
文字が読みにくい場合はブラウザの更新をすると新しい文字列が表示されます。

Home Home | Top Top